パレアナ・クラブ

旧「ちんぴら犬リューの更生★無理かも★日記」

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梅村マルティナさんのワークショップに参加してきました。 

 

最近、手編みはopalというドイツ製の毛糸で作品作りを行っているのですが、2月11日に梅田の蔦屋で行われた、opal毛糸のニッターとしては第一人者の梅村マルティナさんのワークショップに参加してきました。
動画で予習していったので、やり方そのものは解っていたのですが、私が普段しない指への糸のかけ方に悪戦苦闘でした。
マルティナさんは、編み物を通して、東日本大震災の被災地支援を行い、より以上の支援として、現地に会社まで作ってしまった人です。
世の中には地道に凄い人が沢山いるもんです。
http://www.kfsatelier.co.jp/philosophy/index.html
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category: 手作り

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出待ちをする犬 

 

ア太郎は体は小さいけど、犬らしい性格をもっている犬だと思う。

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毎日、弟が朝食を食べるとき、ご飯粒をほんの少し貰うのが楽しみになってます。
朝、弟が起きてくるのを待って出待ちをしています。

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リューは自分の朝ご飯を食べて満腹で直ぐに寝ています。

category: ア太郎

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好きなことができる幸せ 「minne」で 

 

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結局、自分は50年分歳をとってもちっとも変わっていなかったんだなあと思っています。

中学、高校生時代は、親友の誕生日祝いに、スカートや帽子、毛糸の手編みミトンなどをプレゼントしていました。

私は根っからの手芸好き。
母が棒針の手編みをしていたので、小学生の頃から手編みをはじめ、
中学になると、興味のある手芸にはすぐに手を出し、
洋裁は勿論、かぎ針編み(毛糸・レース)、ビーズ織り(今では一般的ですが、道具もなく箱に糸を貼って作っていました。)他、
勉強もせず、色々手をだしていました。

それに私の学校は家庭科がしっかりしていて、洋裁の基礎(スカート、ワンピース作成)、和裁の基礎(浴衣、一重の着物)も学ぶことができました。

選択科目では、呼び名は忘れましたが手工芸を1年選択したので、刺繍、ビーズ刺繍等を学ぶこともできました。

おかけで、貧乏という理由もあったのですが、娘の洋服、ニット製品の殆どは手作りですませました。
娘の小学校の入学式に既成の服を買ってやれなくて、真っ白な毛糸でワンピースを編んだものです。

娘の小さい頃は働きにでることができなかったので、自分の将来のことも考え、
通信講座ですが、手編み講師(棒針、かぎ針、アフガン編み)の資格も取りました。

平成になって直ぐ働きに出ることになり、仕事と家のことで時間が全くなくなり、手仕事から距離を置く時代が長く続きました。
二十何年間、ほとんど仕事ばかりでした。
そしてその仕事を離れることになり、自分のしたいことがやっとできることになり、始めたのが、やっぱり手仕事だったのです。
DSC_0793 (400x267)


始めはスヌードやリューやア太郎のセーターを編んでいたのですが、
今は、作ったものをminneというサイトで作ったものを売らさせて貰っています。

ちょっと前までは、楽しんで作るのはいいのですが、作ったものを使いきれない、
それでは勿体ない、なので作ることができないというジレンマに陥っていたのですが、
今は、気に入った方に買っていただくことができるという良いシステムができているのです。

好きなことを夢中になってできるという、贅沢な毎日です。
minneのサイト パレアナクラブ

category: 手作り

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サラママ、熱をだす 

 

追記

おかげさまで、下記の入院は、二週間で無事退院出来ました。
前回の退院時よりずいぶん元気になって、一時は寝たきりとまでは行かないまでも、動けなくなるのではと心配していたのですが、以前と全く同じとはいきませんが、普通に動けるようになりました。
ご心配ありがとうございました。

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日曜日の夕食時、サラママが「お昼を食べすぎたので、食事はいらない」と言う。
金沢から帰ってきていた下の弟を玄関まで送り、座り込んでいた様子が少し変だと気がついていた。

リビングのテーブルについても、ぼうっとしているのか、目つきがおかしい。
下の弟が帰ってしまい、別れの寂しさを我慢しているのかとも思った。

「大丈夫?」と尋ねても、満足な答えがかえってこない。
お昼を食べすぎたので、お腹が空いていないので食事はいらないというので、
「薬だけ飲んで置きなさいよ」と言った所、その薬を飲む様子がおかしい。
粉薬強調文の袋を、折りたたんだり、ひっくり返したり、粉薬を片方に寄せているかとも思ったのだが。
その様子を見ていて急に認知症になったのかと、私も食事が喉を通らなくなり、作ったジンライムも手をつけないことにした。

直ぐ休んだ方がいいということになり、腰椎の痛みのための、湿布薬を張り替えようと、背中に触れると

  熱 い !

  おばあちゃん、熱があるじゃないの!!

直ぐに体温計を持ってきて計ると、39.4度もある。
腎臓が急に悪くなったのか?
母は今まで87年間、熱を出したことが殆どない。

祭日の午後6時半。 普通の病院はやっていない。

退院したばかりの、国立循環器病研究センターの休日・夜間受付に連絡してみる。

ところが、国循に電話していると思っていたのに、慌てて阪大病院に電話してしまい、受付の方にご迷惑をかけてしまった。
改めて、国循に電話して、当直医に相談してみると、心臓や循環器に関しては診るけど、熱や腎臓に関しては診ることはできないと言われる。
それでは、南千里の救急外来の方が良いでしょうかと尋ねると、その方が良いと言われた。

サラママは、先日救急で運ばれた時、ビニール製の簡易タンカーで苦しい思いをしたので、救急車は嫌だという。
その前に、発熱程度で救急車は呼べない。

アルコールを控えておいたのは、正解だった。

南千里の済生会病院の休日夜間受付に行く。
もう何度目なんだろう?しかし、近所にこの病院があるのは本当に助かる。

受付では必ず、
「救急救命センターの医師の指導の下ではあるが、インターンドックターが診る。
また、一日分の応急的な処置と薬の処方ができないが、それでもいいか?」
と念を押される。

何度目かの問診票を記入する。ここで何度も同じことを書いているので、いっそコピーしておきたい。

しかし、診察が始まれば、丁寧な問診と、検査を重ねてくれた。

取りあえず、点滴を入れ、レントゲン、CT、血液検査、尿検査、ect…。

長い長い時間、待合室で待っている間、心筋梗塞で救急車で運ばれてきた人、無事助かったようだ。
別の入院が決まった人の家族は、いったい何人で来ていたのだ。

各種の検査で、肺炎ではない、あれではない、これではないと様々な病気が除外されていった。
熱は38.2度に下がっていた。しかし脈拍が以上に早い。

夜中の11時頃になって、救命救急センターの医師の立会いの下、

「落ち着いているので、一旦帰って、明日の朝改めて診察を受けに来るか、入院して経過をみるか、
どちらにするか?」
と、問われたので、帰ってまた数時間後に病院に来るのは母の負担が大きいので、
このまま入院させてくださいと頼んだ。

病室が決まり、部屋に入って当直の看護師さんが血圧を計ると、上が64くらいしかない。
血圧計がおかしいかと、別の血圧計を持ってきても同じで低すぎる。
看護師さんが慌てた様子で、足部分に当たるベットを高くして、頭の方を低くする。
点滴も、心臓の負担を避けるため、ごくゆっくりと入れていたのを、すごいスピードに変えた。

何度も、血圧を測りにきて、やっと98まで回復した。

1時を回ったところで、看護師さんから血圧も落ち着いたので、ご家族は帰っても大丈夫と言われ、やっと帰宅。

翌朝、入院に必要なものをそろえ、病室に行くと、熱も下がり、認知症の様な意識のおかしさからは、すっかり回復していた。

点滴ってすごい!と思わされた。


発熱、早い脈拍、認知症のような意識の混濁、低血圧。
点滴で回復した。

検査で様々な疑いが除外された上で、考えてみると、

  脱水症

の症状じゃないか?

水分は気をつけて、なるべく取るようにはしているのだが、
胸水が溜まるほどの症状だったので、強い利尿剤が処方されている。
今度はそれが原因か?

3日後の今日、利尿剤が一種類減薬されていた。
やっぱり…。

水分を搾り取られたサラママの体重は30キロになってしまいました。

それでも、前回の退院後に比べると、意識はクリアで、ご飯も食べることができ、
良くしゃべるようになりました。
明日から、心臓リハビリが始まるそうです。

category: 健康

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サラママ、退院しました。 

 

母のことでは皆様にご心配いただいていると思います。
詳しくご報告する余裕がないので、簡単にはなりますが、
おかげさまで、土曜日に退院してきました。
体重が34キロになってしまい、体力が大変落ちているようです。
その上、倒れた時に腰を打ったのか、入院した時から腰の痛みを訴えていたので、退院したその足で、整形外科を受診してきました。
レントゲンの結果、腰椎に骨折の後が見られたのですが、それが昔のものか、今回のものかはっきりしませんでした。
2週間前の入院時よりは痛みは少しは引いているようなので、このまま安静、湿布の程度しか治療法はないようです。

今まで何回かの入退院時より、回復には時間がかかりそうですが、まだまだ頭はしっかりしているので、頑張ってくれると思います。
ご心配ありがとうございました。

category: 健康

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