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パレアナ・クラブ

旧「ちんぴら犬リューの更生★無理かも★日記」

長いことありがとね。ミスドの袋。 

 

毎日の通勤に使用して、もう何年使ったんだろう?

ミスタードーナッツで、もらった袋。

それもこれは二代目。
同じ物を2つもらって、この前の物も何年も何年も使った。

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写真だと、かなり綺麗に見えるのが不思議。
毎日使っていて自分ではそんなもんだと思っているから、普段は気づかないのだけど、
改めて見るとかなり年期が来ている。

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あちこちすり切れて、底は、薄くなって抜けそう。

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中のビニールコーティングは、ハゲハゲ、ボロボロ。

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ボロボロだけど、長いこと丈夫で使いやすくて、大好きだった袋。

ありがとうね。

長いこと、探していてやっと気に入った袋を見つけたので、ミスドの袋とサヨナラすることにしました。

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お値段が安くて、ポケットが沢山あって使いやすそうな袋。

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但し、欠点が一つ。
持ち手が袋部分と同じ布で作ってあり、とても弱そう。

いつも重たいくらい色々な物を持って歩く私なので、弱い持ち手では役に立ちません。


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黒い綿テープが残っていたので、持ち手に裏打ちしました。

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これで、丈夫になったかな。

これから毎日、宜しくね。

category: 私のお話

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UFOキャッチャーは面白い。 

 

止めようと思っても、止められない悪癖。

沢山あるけど、その一つが‥。

UFOキャッチャー

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仕事帰り梅田を歩いていると、沢山あるんですよね、ゲーセン。
最近はどこのUFOキャッチャーもアームが弱すぎたりして獲れにくくされているような気がします。
だからの悪循環か、お客さんの数も減っている様な気が‥、私の気のせいだけかもしれませんけどね。

いい歳したおばはんが、
「あっ!行き過ぎた!」とか
「う~ん、ダメか‥」とか、
一人でぶつぶつ言いながら、100円玉を次々と入れてやってます。



うん?


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写真を撮っていると、下から陰が‥

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黒いチビの盗人犬が‥

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ア太郎のおもちゃが、また増えた。

category: 私のお話

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「医学のたまご」とSTAP細胞騒動 

 

海堂尊さんの本にはまって順番に読んでいます。

元々は、テレビの田口・白鳥コンビ、特に田口君の伊藤淳史さんの田口君が好きからなんですけどね。


「医学のたまご」を読み始めたと同時に、STSP細胞をめぐる騒動がテレビで大騒ぎ。

「なんや、これ、この本が予言しているような、騒動やんか!」

と普段使わぬ関西弁が飛び出すほどの、ワクワク感を持ちながら読み進めました。

本の世界と現実の世界の見事なリンク。

ネイチャーに論文が掲載されるということは、そういうことか。

ふむふむ、あの研究論文の共同執筆者は、もしかしてこういう経過をたどって名を連ねているのかもしれない。

急いで発表しないと負けちゃうからね。

とか、現実が、空想の世界を如実になぞっているのではないかと思ってしまう、デジャブな世界。

海堂尊さんの本を読んでいると、本の内容を通り越して、作家の海堂さんご本人の考え方、言いたいことを直接伺っているような気がします。


「先見の明、いや海堂さんはメンタリストかも、してやったりですね。
 内心それみたことかと思ってません?」

海堂さんに会って、聞いてみたいな。

category: 私のお話

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図書館は宝の溢れる洞窟 

 

私が文字が読めるようになった頃、東京都中野区の弥生町、私が住んでいた頃は本郷通り3丁目と呼ばれていた所に住んでいました。

まだ、町の中は戦後の色を残し道は土埃を上げており、便所のくみ上げは牛が引く荷車によって運ばれていた最後の時代でした。

しかし、牛車は直ぐにバキュームカーに、家々の前にあったゴミ箱は、ポリバケツに取って代わられていきました。
東京の道はいつ終わるともしれない長い地下鉄工事のため、常に掘り返されており、あの頃の移り変わりの変化、都市の成長はめまぐるしいもので、映画「三丁目の夕日」を観ていると、ノスタルジックなセピア溢れる昭和の時代設定が古すぎて、その時代を目の当たりに見てきた私は、「昭和の東京は、もっとギラギラと新しいものに溢れていた!」と大きな声で異議と唱えなくなります。

私の幼稚園の頃と小学校高学年の頃までの数年間の東京の風景の変化、人々を取り巻く環境の変化は、1年がその前年の変化を乗じ重ねていき爆発して行くような力を持っていたのかもしれません。

そんな風景の中の幼稚園の頃、私の家族は祖母の家に同居していました。

その家は、長方形の土地に家が前後に建ち、道路に面した他家の右側を人一人ほどが通れる通路を経て、玄関に至る小さな二階建。
下は、台所と三畳、四畳半と台所、2階は六畳ほどの小さな家でした。

祖母の家には、祖母と私の父母との色々な大人の事情があって、出たり入ったりしてました。

要するにその時代のご多分に漏れず、毎日の生活にも事欠く生活をなんとか凌ぐために、同居をしていたわけです。

文字を覚えた私は、本が読みたくて仕方がない。
しかし、家には買ってもらった本2,3冊位(秘密の花園、イソップ童話)しかない。

ただ、当時、貸本屋というものがあり、そう頻繁ではありませんが、漫画の貸本が借りられたので、それはそれでとても幸せでした。

でも、本がない。

普段祖母と叔父が暮らしている2階に上がることは禁じられていたのだけど、その2階に唯一あった本が、徳富蘆花の本でした。
今では何という本だったかも覚えていないのですが、文字に飢えている私は、難しい=ほとんどの漢字 をとばして、その本を読んだと言うのが最初の読書経験でした。

漢字を飛ばしているのだから、本を読んでも、意味不明。
それでも読みたいという、その頃の思いが今でも胸によみがえります。

読み物と言えば、小学校に入学してからは、教科書。
新学年になり、登校して真新しい教科書を頂いて、帰ってきて包装紙でカバーをかけ、早々に読んでしまいます。
1年で習うことが、ほんの一瞬で読み切れてしまった、まだ頭の柔らかい頃でした、と遠い目。
その教科書が、ちんぷんかんぷんになってきたのはいつの頃からでしょう。

小学校中学年から高学年は、小学館の「○年生」、「学習と科学」、サンデー、マガジン、マーガレット、フレンドで過ごし、あまり沢山の小説を読んではいませんでした。

そして、中学に入り、学校の図書館の本が自由に借りられることを知りました。

私の入学した中学は高校と一緒で、図書館には昭和40年頃でも何万冊もの蔵書がありました。
古今東西の名作、文学全集から百科事典から、ピッピもドリドル先生も、赤毛のアンも、ルパンも、すばらしい世界がこれでもか、これでもかと。

それを、ただで、好きなだけ、読みたいだけ、読めるのです。

映画のおきまりのシーン、宝探しをしていて、開けた洞窟の扉の向こう側、海賊船の船底、
金銀財宝、ダイヤがざくざく、金貨が溢れかえっている、
グーニーズのあの宝を発見したシーンそのものが、私の目の前に広がったのです。

砂糖に群がったアリ、蜜に魅入られた蜂の私に避けようがありません。

読みに読み、物語の世界の中に暮らしていました。

それは、本が読みたいというと同時に、その頃の我が家の不安定さから逃れるすべでもあったのですが。

「1年で100冊読もう!」なんて決心する必要もなく、クリアしていました。
でも上手には上手がいて、後に高名な作家になられた同級生は1年で300冊なんていう量でした。

しかし、この弊害が、後々大きく陰を落とすこととなったのです。



休み時間も、お昼のお弁当を食べながらも、本を読んでいる。

と、

その結果は、

教室でいつの間にか孤立している。

そして、勉強はさっぱり。




まあ、ということもあったのですが、図書館は、なんせただで、あぶく銭のように宝が手に入る、ワクワクさせてくれる所です。


大人になってからは、特に最近は近くに図書館が無かったこともあり、古書店にお世話になることが多かったのですが、
近年、やっと最寄り駅前に図書館ができ本が借りられるようになりました。

図書館に行くと、

   「わーー、この本、全部、読めるんだ!!!」

という気持ちに今でもなります。

category: 私のお話

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